川嵜徹写真展

十文字美信

「繁雄/先生/家族」

川嵜君は今年の3月に多摩美術大学のグラフィックデザイン学科を卒業した若者です。
大学では僕の写真の授業を受けました。

川嵜君が2年生の時に初めて彼の作品を見ました。僕が出した課題を撮ったものです。
写真の基礎がしっかり身に付いていたので、以前から写真の経験があるのかと思ったら、大学に入って写真に興味を持ったとのことでした。
最近はデジタルカメラが発達して、簡単にいうと、カメラが写真を撮ってしまうので、技術的な要素はないがしろにされがちですが、川嵜君は、写真的な世界の特徴は階調にあると考えて、トーンというのを大変重要視しています。
自分の色、自分のトーンをかたくなに再現するために、出来得る限り、フィルムで撮影し暗室でプリントします。
初めて川嵜君の写真を見た時も、その暗室作業の緻密さに驚きました。1〜2年の経験でここまでやれるのか、と感心したのです。

その技術的な関心と呼応するように、表現しようとしてる世界もたいへんベーシックです。そのベーシックという意味は、誰でも知っている当たり前のこと、だけではなく、「写真」がもし「芸術」にまでなり得るなら、こういう世界を表現するべきではないか、と思わせるものです。それは、人間が持っている「哀しさ」「滑稽さ」「怖さ」「優しさ」など、自然に表にあらわれるさまざまな生きている証が、たった一枚の写真映像で表現されているからです。

川嵜君の写真を見ると、写真から発する「力」というのを感じます。

写真に写された人物を見つめることによって、その人物の人柄や性格までもが感じられると同時に、いつの間にか自分自身のことを思ってしまいます。
生きているまさにこの瞬間を定着されているからです。

今の時代に、若い人がこういう作品を撮る、ということに、僕は感じるものがあります。
うわずった、うわべだけの、何か変わったことを言わなければ、の作品が多く見られる時代に、自分の周辺で生活している普通の人たちを見つめて、人間の尊厳を問うような写真を作っているからです。
そして、川嵜君の、人を見つめる優しさが伝わるからです。

一人でも多くの方にこの作品を見ていただきたいと思っています。

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