刻々

 水に興味を惹かれる理由は幾つもある。
 水は、これが水だと決める決定的な「かたち」がないことも好きな理由の一つだ。
温度や地形など、さまざまな環境の変化によって、水はいとも簡単に動きや姿を変える。
 生活に身近な存在でありながら、視覚的に最も魅力的な存在だと言ってもよい。水が起こした摩詞不思議な現象を目撃して立ち止まることもしばしばだ。

 熊本県人吉市球磨川の支流に草津川(そうづがわ)がある。川の上流に鳥飼酒造鳥飼和信氏の尽力で復活した清流があり、二年間、四季折々清流に入って撮影することが出来た。
 川面を注意して見ると、視界に入る狭い範囲でも複雑な流れを見つけることが出来る。角度や速度の違う水流が、なるべく複雑に集まる場所を探して目を凝らす。直射日光が当たる時間を選び、「ゆらぎ」が作り出す不思議な世界をひたすら見つめ続ける。

 水面に映る両岸の景色は、流れる水の動きに影響されて一瞬たりとも同じ光景は続かない。陽光は割れて破れて、あらゆる方向に照り返す。屈折した光によって、水底の岩や石はさまざまに色彩を加える。ところが、いくら目を凝らしても私の肉眼では水が作り出す正確な世界は見えていない。見えているのは水面を反射する光と影、揺らいでいる水底の岩や砂だ。流れる水の動きに惑わされて、現れては消える瞬時の現象は確認出来ないのだ。
 清流の動きを高速シャッターで一瞬切り取ると、水と光の作用によって、摩詞不思議な世界が出現する。
 写真に写った映像は、いつでも当たり前に起こっている地球が作り出したたった一度だけの光景なのだ。(『常ならむ』より)

会期:2017年4月28日(木)〜 6月26日(月)
十文字美信 写真『常ならむ』ワーキングプリント展

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