「写真は眼に見えるものしか写らないのであれば、眼に見えないものを撮らなければおもしろくない」。「見えないものは写らない」ではなく、「見えないものを写すために写真はある」。見えないものを発見する手がかりに、写真は最もふさわしい。見えないものに向かった動機は理屈抜きの直感でもあった。

– 中略 –

僕の心の中に存在する不吉な気配は、写真でなければ表現できない確信があった。何故なら、不安の原因や答えを提示したら恐ろしさは消えてしまう。僕が考える写真は、見えないものを説明してはいけない。現実にそこに存在する表面だけを撮影して、不安な気配は見る人の心の中に存在する。

なんとかして不安を不安のままフリーズする方法はないかと考えた。夢の中に現れた人物をその怖さを保ったまま写真に撮ることができるなら、僕の写真にふさわしい。そうして顔をフレームの外に押し出して、首から下だけを撮影したポートレート《首なし》が生まれた。個体を識別する手がかりである顔を切ってしまったことによって、撮られた人物は名前を失う。誰でもない人物はすなわち誰にでもあてはまる人物でもあり、空虚な方法論だけがいつまでも存在し続ける。(『感性のバケモノになりたい』より一部抜粋)

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