モノクローム写真の原点は、太陽の光が感光乳剤であるヨード銀を黒化することだ。黒化した粒子が集まって写真映像になる。つまりモノクローム写真をどんどん拡大していくと、映像がわからなくなり、粒子だけになってしまう。新聞写真のアミ点を想像すればよい。ではどこまで拡大すると写真から粒子になるのだろう。見る人の脳にとっては、粒子の大きさだけが映像を認識する条件だろうか。写真を見た人が、画面から何らかの印象を受けるのは、まさか粒子を意識しているわけではない。写真から粒子になる、あるいは粒子から写真になる境界を知れば、何かがつかめるかもしれない。印象派の画家達が行った実験を自分でもやってみようと思った。
(『感性のバケモノになりたい』より一部抜粋)

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